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兵庫県,樽見の大桜

【現状) 山中にある白彼岸桜で、地上約2mのところから数幹に分かれ、上部の3本は枯死したが、再び勢いを盛り返した。昭和62年から63年にかけてこの桜の周囲にある杉の木を伐採して、桜の苗木を植え環境を整えている。

【来歴) この木は仙桜の名がある。もっともよく繁茂していたのは元禄の頃で、高さ15m技張り東西南北共に36 mをこえていたといわれ、領主の出石城主小出英安を初め、その後の出石城主仙石家も、歴代よく看桜に来たという。文政63月藩主に従って来訪した儒臣桜井良翰は「星箱不知数、名樹国無両、周匝過三囲、婦蜿殆十丈」の詞を賦じている。仙桜の名も樹齢がわからぬほど古いという意味でこの時につけられた。

天然記念物 「昭和266月指定」
所在 兵庫県養老郡大屋町大字樽見宇ケシメ85
周囲 目通5m根元8m
樹高 20m
樹齢 1000
樽見の大桜の巡礼はこれで3回目になります。1,2回目は共に花が咲いておらず3回目で満開の可憐な花を見る事が出来ました。桜の大木は毎年満開の花を咲かせません。2年に1回3年に1回とその桜によって違いますが,行ってみなければ花の咲き具合はわかりません。この時も島根県にある三隅の太平桜を撮影した帰りにもしかして樽見の大桜が咲いているのではと思い立ち、寄ってみたら偶然満開になっていました。3度目の正直だったんですね。この桜のある場所は、国道から酒屋さんの駐車場に車を止めて山道を登る事40分、樽見の大桜が山の中腹に見えて来ます。登りがキツイのでこの日はお年寄りなどご年配の方は、途中で諦めて桜を見ずに引き返して来る方もいました。地元に残る話では,昭和の初め頃に、ある若者がこの桜の近くで農作業をしていました。若者は肥料をこの山の中腹まで何度も担ぎ上げて作物を作りながらこの桜にも肥料を与えていたそうです。その頃は毎年桜の花は見事に咲きましたが、いつの日かその若者もこの場所で畑をするのをやめてしまいました。その後この樽見の大桜は樹勢が急に衰え上部の枝が枯れ始めたと言われています。樽見の大桜は根尾谷の薄墨桜に次ぐ樹齢となり幹には1000年の歴史を刻むかのように多数の瘤があります。同じ場所で桜の木が1000年もの時を生き抜く為には様々な偶然が重ならなければ起こりえない事です。この桜の側にいると自分の存在は、なんてちっぽけなんだと感じました。



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